
ダロウェイ夫人(7)
夜中になぐり書き。後で削除するかも。
前回、ダロウェイ夫人とセプティマスを「もともとは同じ型で作られた二人」と書いたけど、それだけじゃ足りない気がしてきた。
そうそう、「フラッシュ」にも書かれてたけど、「二人で足りない部分を補いあう」っていうのが抜けてた。
ダロウェイ夫人の正気とセプティマスの狂気、そして生と死、どちらかだけでは欠けていて、二人揃ってはじめて一つの型になるということかな?
まあ、社会というものははおおむね正気(という言葉を使うなら)な人々が回しているのだろうけど、そしてそこからはみ出た人々は排除されてしまうのだろうけど、排除というのは単に人間の基準によってでしかないわけで。
だってこの世界は本当に正気な人たちだけのものなの?
この世界に存在するもの(起こった出来事)は、そもそも存在すること(起こること)を世界に許されている者(事)ばかりなんじゃないのかと。(と、ミラン・クンデラも言っておりました)
ウルフはその「存在」ということそのものの謎や不思議さに強く惹かれていたのでしょう。
私がここにいて、あなたがそこにいるということの不思議。
…なぜここにいるの?どうしてここに在るの?
常識や正気(そして生)、そんな一方的な見方だけでは決して解けないだろうその謎に。
(「ダロウェイ夫人」ラストの一行は、「そこにクラリッサがいた」)
どんなに忌み嫌われようと、誰にも望まれず生まれてこようと、社会から排除されようと、それは全てただ人の判断基準で測られてるだけ。
存在するものは全て許されてこの世界にいる。
「ぼくはここにいたい。ぼくはここにいていいんだ」とエヴァのシンジも気づいたように(周りの期待を裏切って戦わなかったしても笑、自分がいたいと思ったらそこにいていいんだと)、全ての子供達(存在)はみな祝福されてこの世界に生まれてくるんだろう。
夜中なので熱く語ってみた。厨二病からは一生抜け出せそうもないv
前回、ダロウェイ夫人とセプティマスを「もともとは同じ型で作られた二人」と書いたけど、それだけじゃ足りない気がしてきた。
そうそう、「フラッシュ」にも書かれてたけど、「二人で足りない部分を補いあう」っていうのが抜けてた。
ダロウェイ夫人の正気とセプティマスの狂気、そして生と死、どちらかだけでは欠けていて、二人揃ってはじめて一つの型になるということかな?
まあ、社会というものははおおむね正気(という言葉を使うなら)な人々が回しているのだろうけど、そしてそこからはみ出た人々は排除されてしまうのだろうけど、排除というのは単に人間の基準によってでしかないわけで。
だってこの世界は本当に正気な人たちだけのものなの?
この世界に存在するもの(起こった出来事)は、そもそも存在すること(起こること)を世界に許されている者(事)ばかりなんじゃないのかと。(と、ミラン・クンデラも言っておりました)
ウルフはその「存在」ということそのものの謎や不思議さに強く惹かれていたのでしょう。
私がここにいて、あなたがそこにいるということの不思議。
…なぜここにいるの?どうしてここに在るの?
常識や正気(そして生)、そんな一方的な見方だけでは決して解けないだろうその謎に。
(「ダロウェイ夫人」ラストの一行は、「そこにクラリッサがいた」)
どんなに忌み嫌われようと、誰にも望まれず生まれてこようと、社会から排除されようと、それは全てただ人の判断基準で測られてるだけ。
存在するものは全て許されてこの世界にいる。
「ぼくはここにいたい。ぼくはここにいていいんだ」とエヴァのシンジも気づいたように(周りの期待を裏切って戦わなかったしても笑、自分がいたいと思ったらそこにいていいんだと)、全ての子供達(存在)はみな祝福されてこの世界に生まれてくるんだろう。
夜中なので熱く語ってみた。厨二病からは一生抜け出せそうもないv

